三浦和義の死の真相【ロス疑惑事件】
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今から30年以上前に世間を注目させたロス疑惑事件

連日のようにニュースやワイドショーで報道され、日本人が大騒ぎしたこの事件。

一貫して無罪を主張した三浦だったが、彼の結末とは。

今回は三浦和義事件、別名「ロス疑惑」の詳細と彼の死の真相についてわかりやすく解説します。

 

ロス疑惑事件とは?

1981年11月8日、輸入雑貨商を営む三浦和義が妻とロサンゼルス旅行中、駐車場で銃撃を受けました。

妻は頭を打たれて意識不明の重体、三浦は太ももを撃たれます。

三浦は「犯人はラテン系の男だった」と証言しました。

テレビの取材を受けたとき、三浦は泣きながら「なぜ妻がこんな目に・・・」と語っていて、悲劇の男として国内で有名になります。

 

 

画像:blog-imgs-23-origin.fc2.com

左が三浦和義、右が妻の一美さん

 

そして銃撃から約1年後、意識不明だった妻は亡くなります。

 

しかしこの事件にはある疑惑が浮上しました。

 

2つの疑惑
疑惑① 銃撃事件の直前に妻が何者かに殴打されたこと
疑惑② 妻が亡くなったことで三浦が保険会社3社から保険金1億5500万円を受け取っていたこと

 

つまり検察側は三浦が計画的に妻を殺したのでは?と疑い始めます。

 

三浦は殴打事件で逮捕される

上記の疑惑①の容疑で三浦は逮捕されました。

妻を殴打した人物が三浦の愛人のポルノ女優だったことが判明したが、三浦は一貫して無罪を主張します。

そして三浦は自分を容疑者扱いしたマスコミを相手に訴訟を起こしたところ「名誉棄損罪」で連勝してしまいます。

ところがこの妻を殴打した事件では愛人女性に懲役2年6ヶ月、三浦には懲役6年が確定。銃撃事件に関しては完全無罪を勝ち取りました。

 

三浦がこのロス事件で拘置所・刑務所にいた期間は計16年間に及びます。

 

画像:https://tanteifile.com

 

こうして「疑惑の男」から「冤罪の男」になった三浦は著述、バラエティー番組出演、映画のプロデューサーなどを務めます。

 

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再び逮捕された三浦は自殺する

解放され一般人と同じ生活を送っていた三浦だったが、わずか5年で再び服役します。

2008年2月22日、友人とサイパンに遊びに行っていた三浦は、現地でロサンゼルス県警に殺人容疑で逮捕されました。

銃撃事件で日本では「無罪」になりましたが、アメリカではまだ容疑者という説明でした。(米国では殺人には時効は存在しない)

同年10月10日、三浦はサイパンからロサンゼルス市警に身柄移送されました。

 

しかし、事件は衝撃的な幕切れをします。

 

ロスに移送された直後、三浦は拘置所内でシーツで首を吊って死んでしまいます。

 

日本では無罪となったわけですが、ロス市警では捜査を続けており、サイパンで逮捕したのは何かしらの証拠があったためだと考えられています。

もう逃げようがないと思った三浦は自ら死を選びました。

 

そして、三浦が搬送された病院は偶然にも銃撃事件で死んだ妻が搬送された病院と同じであった。

 

 

もう一つのロス疑惑「ジェーンドゥ88事件」

1979年5月4日に、ロサンゼルス郊外でミイラ化した女性の遺体が発見されました。

銃撃事件の2年前になります。

女性は1979年に行方不明になっていて、1977年から三浦と交際していたことが判明します。

彼女は1978年2月に三浦が経営する会社の取締役に就任し、6月から2人は同棲を始め、79年3月にこの女性が夫と離婚します。

その後、彼女は「北海道に行く」と言い残しそのまま行方不明になっていました。

 

79年3月29日にロサンゼルスの彼女の入国記録があり、ホテルに宿泊していました。

一方、三浦の入国記録は3月27日にロサンゼルスに入り、4月6日に帰国しています。

 

もうこの時点で怪しいと思います。

 

三浦は彼女の遺体が発見された後、キャッシュカードで彼女の口座からお金を引き出していました。

 

ロサンゼルス市警は記者会見で三浦が彼女を殺害したとする捜査結果を発表しましたが、すでに三浦は死んでいました。

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